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「鉄鼠の檻」-京極夏彦

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「鉄鼠の檻」-京極夏彦(講談社文庫)を読了。この「百鬼夜行」シリーズ、今現在4作目まで読みましたが、ますます長いです。1300ページを超える本作を一冊の文庫本におさめてしまう日本の製本技術はすごいですね。

あらすじ↓
忽然と出現した修行僧の屍、山中駆ける振袖の童女、埋没した「経蔵」…。
箱根に起きる奇怪な事象に魅入られた者―骨董屋・今川、老医師・久遠寺、作家・関口らの眼前で仏弟子たちが次々と無惨に殺されていく。
謎の巨刹=明慧寺に封じ込められた動機と妄執に、さしもの京極堂が苦闘する。






★以下、がっつりネタバレ含みます★














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ということで、ますます難解かつ非日常的な事象をテーマにしています。前作の「狂骨の夢」の幽玄で物静かな雰囲気が好きだったのですが(朱美とか伊佐間とか大好きなキャラです)今作も前半部分が完全にそんな感じで、とても楽しく読めました。とにかく冒頭部分が秀逸。情景がありありと目に浮かんできます。ただ後半になると前半の厳格的かつ幻覚的であった雰囲気が、次々と明かされるモラルハザード全開な事実によってぶっ壊されていくのですが。。。

京極堂と禅の図式には非常に感動しました。「言葉で語る」京極堂と、「言葉を必要としない」禅。すなわち今回「憑き物落とし」は最初から不可能であるという。そんな中榎木津様はなんか他作品以上にますます尊大になっているようで、一人揺るぎません。「僕が神だ」素敵すぎる。




そして毎度おなじみのストーリー抵触ぎりぎりの京極堂大先生の蘊蓄は今回は「禅」について。これは完全に作者の意見がまじっていますね。形骸化した、ただの作業と化している現在の仏教への批判。登場人物が相変わらず多くてあまり覚えていないのですが(確か常信あたりが言ってたのだっけ)「本人が修行だと思っていればなんだって修行」という理が口酸っぱく繰り返されます。要するに作業のように座り続けても意味がないということです。これは禅だけでなく、すべての行動に当てはまりそうですね。



読んでいて思ったのは、この作品完全にエーコーの『薔薇の名前』から影響を受けているなということ。まず

・閉鎖的な宗教空間で起きる連続殺人事件
・それを解決する異端(無宗教)者の存在

という共通点と、独特の暗欝な雰囲気を想起させる文章のタッチで相当あちらがフラッシュバックしてきたのですが、何より驚いたのが泰全の死に方です。これ、完全に『薔薇の名前』のあの犠牲者の死に方と同じですよね。といいますかここまでくるとパクリなんじゃないかと思えるくらいのあれでした。まあどちらも犬神(ry




ということで相変わらずのボリュームで楽しませていただきました。次は蜘蛛です。蜘蛛。

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只今の一曲:メロディーフラッグ/Bump of Chicken
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この記事へのコメント

はじめまして。足跡から来ました。
「鉄鼠の檻」読解力不足で分からない点があるんです。
何故、慈行和尚には「常信和尚が見えなかった」のか。

>要するに作業のように座り続けても意味がない

ここを拝見して、これが答えかな?と思えました。
榎木津は、慈行和尚を、確か「子供」と言いました。
禅の意味を理解出来ず、形だけに固執して修行した僧、という意味なんでしょうか。
でも、そう思ったら、胸のつかえが取れた気がします。
わたし独自の解釈ですが。

もし、宜しければ、わたしの記事に付け加えておきたいので、記事をリンクさせて頂いて宜しいでしょうか?
ご不都合がありましたら、お知らせ下さいませ。

初めてで、且つ突然で失礼いたしました。
また訪問させて頂きます。
>>まぁさん
訪問ありがとうございます。記事のリンクは全然OKです。こんな稚拙な文で恥ずかしいですが。。。

更に恥ずかしいことに読み終わったのがだいぶ前で記憶があいまいなのですが、それは自分も似たような解釈をしました。榎木津はそれを見抜いて彼一流の表現で示唆したのかなと。本作の一貫したテーマが「仏教に限らず、ありとあらゆる形骸化したものへの批判」だと自分は考えたので、だからこそ「子供」というのは作者本人の意見でもあるのかなと。
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zita

Author:zita
東京在住。音楽、読書、映画、ドラム、お絵かき、廃墟が好き。趣味は広く広くを目指して。好きなものは深く深くを目指して。

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