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渚にて/ネヴィル・シュート

第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜“スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?―一縷の望みを胸に“スコーピオン”は出航する。迫真の名作。(背表紙より抜粋)

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という、ネヴィル・シュートの描く世界の終末の物語です。創元SFから出た新訳を読みました。

世界の終末とはいえ、A.ロメロが描くような暴力と混沌の世界ではなく、むしろ穏やかで静かで、愛に満ちあふれた世界です。似たような世界の終わりを描いたものとして、「最終兵器彼女」の「戦争に参加していない人間たち(シュウジの両親とかフユミとか)」の世界をものすごい思い浮かべた。あとは放射能の恐怖を描いたということで、R.ブリックスの絵本「風が吹くとき」なんかも想起させました。


主人公タワーズも、彼を慕うモイラも、ピーター夫妻も、そしてオズボーンも、誰もが普段と変わらない生活をし、しかし少しだけ恋人や趣味への愛を強め、来るべき終末を受け入れようとします。なかには理不尽な現実をにわかに受け入れられず他者と傷つけあう人間もいますが、それでも最後にはお互いを必要とします。そんな人間賛歌が描かれてる物語だから、救いはないのに温かみがある、そんな作品になっています。

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また、この作品59年に映画化されており、そのキャストがグレゴリー・ペックにアンソニー・パーキンスという神っぷりです。モノクロのメルボルンをスコーピオンが静かに漂うシーンがすばらしい。「猿の惑星のラストに匹敵する」と言われたモールス信号の正体が明らかになるシーンでは思わず鳥肌がたちました。映像化するとここまで心にぽっかり穴をあけさせることが可能なシーンだったのかと。

そしてアンソニー・パーキンスが奥さんをベッドで抱き寄せるシーンで不覚にも泣きそうになった。ただタワーズとモイラの関係性を根本から変えちまったのはそれどうなのだろうか。物語的にはそれのが感動的だろうけどそうできない不器用さこそがタワーズっていうかなんていうかむにゃむにゃ。リメイクの「エンド・オヴ・ザ・ワールド」ではどうなってるのでしょうか。




人類の静かでしかし不可避な最期。こういうのを描かれた世界を見るたびに、自分はどうやって過ごすのだろうと考えます。普段どおりにすごせるのだろうか。高潔であれるのだろうか。大切なものを大切なものとして慈しみながら死ねるのだろうか。「最終兵器彼女」のシュウジの両親のように、「風がふくとき」の老夫妻のように、そして「渚にて」のピーター夫妻のように。

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只今の一曲:Save me/Fair Warning
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zita

Author:zita
東京在住。音楽、読書、映画、ドラム、お絵かき、廃墟が好き。趣味は広く広くを目指して。好きなものは深く深くを目指して。